禁欲ってアダルトコンテンツ!?、あとちょっと重要な禁欲のコツ(禁欲 419日目・一食 238日目)

今日の記事はわたくし「Mr.T(エムアールティー)」がこのブログを始めて、ちょっとショック受けた雑観記事です。

 

はじめに

4月4日よりこの禁欲ブログを始めて、早くも7か月が経過し不射精禁欲・一日一食も日々のルーティンのように淡々とこなしています。

記事もかなり増え、それなりの「禁欲ブログになってきたかな・・・」と感じていました。

先日、とある有名なアフィリエイトに試しに申し込んでみました。そしてさっそく翌日には、

「アダルトコンテンツで不承認!」でした・・・

 

禁欲ブログはアダルトコンテンツなのか・・・?

「・・・・・・・」

確かに以前のブログでは私は初めてのブログでしたので、少々乱暴だったり卑猥な言い回しもしましたが、今回のブログは猥褻な言葉や画像をほとんど使わずオナ禁・禁欲について書いたつもりでした。

そして今回はお釈迦様やイエスキリスト、クリシュナさんの神聖な経典の言葉を借りながら禁欲について今まで解りやすく記述したつもりです。

それを「あなたはアダルトコンテンツ」って・・・

今回の件はちょっとショックだったのですが、逆に可笑しくて笑いも出ました。

”先人達が言っていたように禁欲者とはいつの時代も虐げられるようです”

 

解釈が逆になったのかな?

オナ禁・不射精禁欲は太古の昔から「神聖な事」だったと思いますが、現代ではアダルトコンテンツに分類させられてしまうんです。

逆に大昔の禁欲者から見ると「一般的に禁欲していない俗世で色々と遊んで楽しんでいる普通の人がアダルトコンテンツではないのか」と思っていたのではないかと感じます。

ただ時代の流れによって今は「視点や解釈が逆になってしまった」かもしれませんね。

大昔は「禁欲している人=修行しているすごい人」、現代は「禁欲している人=理解できないキモイ人」なんでしょう。

(一日一食もなかなか周りから理解されませんがね・・・)

 

なぜ自分は?

確かに私も「なんで自分はここまで夢精無しの不射精禁欲を面白おかしく平然と続けられるのだろう?」とも考えました。

ただ以前の記事で・・・


やっと到達した不射精禁欲ブログ100記事目のお題「クンダリニ」(禁欲 320日目・一食 139日目)

ここで高名なヨギのスワミ・ブラマーナンダさんは「信仰心なきゃ絶対無理!」とは言いました。

いちおう私は過去(禁欲前)に偶然聖書を読み、今もクリシュナさんなど読んでいるので多少信仰心は入っているかもしれませんが、不射精禁欲を長期行う為には「それだけではまだ足りない」と私は感じています。

 

長期不射精禁欲を行うために一つ言える事

それは「この世は苦しみ悲しみの永遠と続く輪廻であり、そこから自分は抜け出したい」と気づきも含め、自分で実感しなければなりません。

逆をつくと「現状にある程度満足できている境遇であれば、在家での長期不射精禁欲は出来ず失敗する」となります。

自慰脱者(オナ禁者)の方はブログを拝読すると、ほぼセクリセ有りで人生をもっと楽しいものとしようと目標を持っていますので、それはそれで非常に良い事だと思います。

ただ不射精禁欲者を目指したい場合は、上記の事を考えていなければ「在家でいる限り」長くは続きません。

 

まとめ

最初は「おまえ、アダルトコンテンツだから」と言われてしまった「ボヤキだけの記事」を書こうと思いましたが、後半は重いスピリチュアルな展開となってしまいました。

不射精禁欲をして禁欲に関する記事を書きだすと、次々と色々な想いでペンが進み、最後は突拍子もない事まで書いてしまいます。

記事の表題の名前をなんとすれば良いか、頭を悩ます今日この頃です。

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