長期禁欲修行を達成した高名なヨギの言葉から解ってくる事・その1(禁欲 294日目・一食 113日目)

「この性のエネルギーは、性交として使われない場合神聖な力に換わり、頭脳の中に貯えられる。」

「厳格な禁欲者は年老いても、強く正確な記憶力を保つ。性的エネルギーの転換を達成した禁欲者は、性欲に悩まされなくなる。このような禁欲者はウールドヴァ・レータ(精液が上に流れる)と呼ばれる。」

スワミ・シバナンダ

・・・だそうです。

 

はじめに

このスワミ・シバナンダという方も「高名なヨギ」らしいですが、私は時間があるとき「クリシュナさん」しか読んでいないので、この方は分かりませんでした。




ヨーガとこころの科学―マインド その神秘さとコントロール法


ただ高名な賢者はみな「性エネルギー」がいかに大事なのかを、いろいろな例えなどでを説き伝えていたようでした。


性エネルギーについて

性エネルギーの頭脳への転換・ナポレオン・ヒル(禁欲222日目・一食41日目)

ここでこのような話を「聞ける人」「聞けない人」に分かれてきますが、聖書の中で「良い例え」がありました。

 

聖書の例え

「種を蒔く人が種蒔きに出て行った。蒔いている間に、ある種は道端に落ち、人に踏みつけられ、空の鳥が食べてしまった。

ほかの種は石地に落ち、芽は出たが、水気がないので枯れてしまった。ほかの種は茨の中に落ち、茨も一緒に伸びて、押しかぶさってしまった。

また、ほかの種は良い土地に落ち、生え出て、百倍の実を結んだ。」

言っておきますが、私は決して宗教家ではなく「ごく普通の一般人」です。

このブログで「皆さんを宗教の世界へいざなう・・・」なんてこと、一切考えていません!

ただ私がこの例え(”種を蒔く人の例え”といいます)を読んで「なるほど!」と思ったときから、なにか好きになり自分の「座右の銘」のような感じになっていきました。

 

この例えの意味

これは冒頭に書いた「聞ける人」「聞けない人」に関係していますが、キーワードでもある「種」とは、冒頭に書いた「スワミ・シバナンダの言葉」のような事となります。

そして種が落ちた場所が「現時点の自分という土壌」ということになっていきますが、そこで出てくる「種を食ってしまう鳥」や「覆いかぶさる重そうな茨」というのは「俗世で出てくる邪魔なもの」となります。

その邪魔なものは必要以上に「異性を求めてしまう性欲」や、必要以上に「あれ欲しいこれ欲しいなどの物欲」など、数限りなく出てきて全部書こうとすると1冊の辞書が出来てしまいますのでここでは省きます。

そして最後に、現時点の自分が運よく「種ウェルカム!な土壌」の状態だったときに落ちてくると「ほかの種は良い土地に落ち、生え出て、百倍の実を結んだ。」となっていきます。

 

百倍の実ってなによ?の例え

そうなると読者の方は「百倍の実を結ぶとどうなんだよ?」となりますが、これは別に「大賢者だけの言葉」だけが種ではなく、たくさんネット上に書かれている「オナ禁ブログも種」だと思います。

解りやすく書くと、皆さんのブログの中の大事なキーワードである「オナ禁」というのが「種」になりますが、ブログを読んだ人がその種を「受け入れられる土壌かそうでないか」が「聞ける人」「聞けない人」と分かれていきます。

そしてそのオナ禁ブログで頑張っている皆さんに現れている効果が「百倍の実」ではないでしょうか?


巷に言われている奇跡の禁欲効果・121日目の記事アレンジ(禁欲210日目・一食29日目)

 

まとめ

今回の記事は「聞ける人が素晴らしい、聞けない人は愚か者」ということ言っているのでは決してありません

人にはその場面で「色々な境遇」があり、今は気づかず聞けなくても「何年後かに気づいて実践して大成功する人」「せっかく実践していたのに投げ出す、または必要無くなる人」など、ありとあらゆる状況が出てきます。

たまにオナ禁していない人を「下に見て書いてあるようなオナ禁者のブログ」を見ますが、「聞けない人」にとっては「その種自体が必要のない環境」なので下に見るのは「もってのほか」だと感じました。

当初の書きたいことと記事を書いていたら道が大幅に脱線してしまいました。書きたかった事の続きは次回「その2」で書こうと思います。

コメントを残す